• KANAZAWAyuuki

に「二条」


 18歳まで金沢で育ち、北海道や東京よりも関西の方が近かったわたしにとって、「二条」といえば「京都」だった。中学時代の修学旅行は当然のように京都。一番身近な都市だった気がする。両親が旅行好きだったから、泊まりで行くことは勿論、日帰りのこともあった(これは結構頑張るパターンだが)。

 大人になってからはまさに「二条城」のような世界遺産を巡るのは、極上の旅行!でも10代の頃は、正直そんな遺産よりも寺よりも「京都府立植物園」がすごく好きで、何度も連れて行ってもらった。

 休憩時に父が嬉しそうに、瓶ビールを飲んでいたのを覚えている。植物園のテラスで、あの昔からある屋外用の、白いプラスチックの丸いテーブル。その上でビールをグラスに注ぎ、「あぁ。今日はたくさん歩いたし、ビールが旨いな!」と飲んでいた。自分は子どもだったからソフトクリームを舐めながら「そんなにビールが旨いのか。家でも毎日飲んでるのに」と思っていたけど、今ならわかる。

「それは旨いに違いない」


 定番の「北野天満宮」には受験生の時に連れて行ってもらった。ちゃんと祈願して、実際に合格した時には、日帰りで御礼参りにも行った。というか、県外の大学に出るなら「絶対に京都!」と決めていたのに、好きな男の子が東京に進学だとか聞いて「東京にするかな…」と安易に進路変更した記憶が蘇ったよ。今…。10代あるある!!?

 それを両親に言うと、最初は反対していた。もちろん、好きな男の子が…という話は省略。東京のこの大学に行きたい!この勉強がしたい!と話をした。その場では大反対していた父が、深夜に「もう、あいつも大人だもんな。自分の道は自分で決めるんだな」と涙した、とあとから母に聞いたっけ。子も親離れ、親も子離れ。「東京進学」の許可が下りた歴史的な日だった。


 そんな翌日に担任にも報告をしたところ、なぜか担任が「東京はだめだ!」と言い出し、「県外に行くのであればせめて…」と新潟大学の推薦の話を持ってきてくれた。

 昨日の今日で、急に「京都」から「東京」「東京」から「新潟」である。

変わりすぎだろ。 

 両親は「国立なら県外でもまあ…。新潟なら近いし」と寧ろ喜んでOKを出してくれ、結果新潟大学に合格。京都ではなく、新潟に進学したという話。

ではない。「二条」の話だ。


 だから。「二条」。二条と言えば、「京都」だったのに、今は「二条市場」がわたしの「二条」だ。ここですよ!!結論は!話したいのはここ。

 札幌の「二条市場」。前のエッセイ「大晦日」などでも書いているが、二条市場には大好きなお店(ご飯食べて飲むところですね)がある。その店を最初に紹介してくれた知人、そしてそこのマスターを軸に、知り合いも増え、札幌ライフが楽しく、深くなった感謝の場所。

 観光地でもある「二条市場」は、朝早くからたくさんの店が開いている。今はわたしもカフェを開いているので、多くの観光客の皆さんと接することができる貴重な場だ。各店舗のオリジナル商品や、新鮮な魚やカニなど、ここでしか買えないものが多い。

 札幌に旅行に来て、大通やテレビ塔まできたら、もうすぐ!の場所なのでちらり立ち寄ってみて欲しい。まあ、大きな市場ではない分、全店見てもそんなに時間はかからないし(それでも皆、どの店で買ったいいか迷うのだけど)、食事をするにも朝から飲むにもいい場所なので、気軽にふらっとどうぞ。

 何回も言うけど、ここでカフェやってるから、それこそヘイ!ヘイ!茶をくれ!と立ち寄って欲しい。ただし、他の店よりもオープン時間は遅いのでご注意を。だって早起き苦手だからね。

 そんなわたしの店の名前は「二条café」。絶対に忘れない、間違いない名前でしょ。でも京都にはないんだな、これが!ふふふ。